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2007.02.22

モルヒネ

先日読んだ小説のタイトルです。

幼い頃自分の姉を父親の暴力で失った女医。
突然再開した大学時代の恋人はグリオーマの末期。
ピアニストである彼にとっては脳腫瘍による四肢麻痺で
思うように演奏できないまま生きることは苦痛でしかない。
彼は安楽死を望んだ。
「安楽死」と「尊厳死」はどう違う?

基本的には恋愛小説。
婚約者のいる彼女の前に昔の恋人が現れる。
彼女は昔の恋人を忘れられずにいて・・・
よくある設定。
不治の病に侵された男が昔の恋人に甘えてる。
そしてその女医はかなりのエムでしたね。同類(笑)

Living Willって難しいと思う。
私の職場には一体誰の意志で生かされてるのだろうと
疑問に思う人たちがたくさんいます。
『急変時』の対応について、フルコースかDNRか。
DNRといってもニュアンスは微妙なところで
挿管・心マはしないけど昇圧剤は使うとか。
アレ?この人DNRじゃなかったっけ?て人が
ガッツリ輸血してたりHDまわしてたりする。
家族が答えを迷っている間にも患者さんの容態は変化していくし
今夜何かあったらどうするんだろう、とドキドキすることもしばしば。

ていうか患者本人の意思を確認できない状態が多いので
本人の意思というよりは家族の意思となるのがほとんど。
元気なときにLiving Willを確立しておくことなんて期待するのは難しいし
普通に生活してたら自分がそんな状況に陥るなんて想像する人は少ない。
たとえ延命治療は望まないと本人が家族に話していたとしても
いざとなったら家族は生きていて欲しいと延命治療を望むこともあります。

小説の中で彼はしっかりと延命治療を拒否していたけど
だからといって医者に安楽死を望むことはできない。
苦しみから逃れたくてもそう簡単にはいかない。
徐々に増していく苦しみとその先にある死を受容するには
幾度とない葛藤とかなりの精神的成熟、
なんとかの発達過程でいう『統合性』ってのが必要なんでしょうね。

もう十分頑張ったじゃん。
それ以上身体を傷つけてどうするの?
『過剰医療』って言う言葉が頭をよぎることも。
こうして莫大な医療費を費やして、それは誰の意思?
自分のしていることが正しいことなのか不安になったり。

この間、とある患者さんが職場に遊びに来ました。
その人は30代の若者で、感冒症状から入院して
翌朝呼吸が止まって挿管されて病棟からウチに運ばれてきました。
結核性髄膜炎から脳炎となっていたらしい。
しばらくは意識もなくて自発呼吸もなかった。
でも徐々に髄膜炎がよくなってきて自発も出てきて
気切して1ヶ月ちょいレスピ管理だったけど
呼吸安定してめでたく病棟に上がっていった人です。
まだ車椅子だったけど、すっかり普通の若者になっていました。
そういうのを見るとやっぱりすごくうれしいですね。
自分のしたことが間違ってなかったように思えてほっとします。
みんなでよってたかって彼をいじりました。
患者さんとの言語的コミュニケーションに飢えてるのかもしれません。

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